「中古品」と呼ばれるものが、なぜピカピカの新品よりも輝く瞬間があるのか? その理由を極私的見解で解き明かした名著の合本版が登場。いやぁ、これ、楽しすぎる!

book recycle

2020.08.06

100円均一に行くと、心踊りつつ、心が痛くなる。例えば、スイッチが付いている電球ホルダーやUSB to USB type-Cコネクター、オリジナルは何千円もした針金渦巻き式のコーヒードリッパー……「うわぁ、こんなものが100円で出てるんだー」と驚き、小躍りする。だけど、ピンク色のかご(ダイソーですね)に入れられた商品を袋詰にした瞬間、白い小さなかご(セリアですね)を出口で戻した瞬間に魔法は解け、「あ、これらの商品って、結局数度使ったらもう使わなくなるかもなぁ」って気持ちにさせる。モノと付き合う、モノを大切に使う、モノに愛着を持つ、ということを、100均は買った瞬間に放棄させる。案の定、家に帰ったら、袋に入ったまま、何日も取り出されずに置かれてる、日々。

『REVIVAL journal 再評価通信』と題されたこの本は、その名の通り、中古品やちょっと使いにくい古い住宅、家具や雑誌、等々に対して、レアだから評価だのプレミア感を出すのではなく、それぞれの気持ち、心根の方に直接訴えかけて、「もちっと使ってみたいよね」と思わせるような、そんな力が本全体にみなぎっている。本の半分は、作者のアラタ・クールハンド氏がかつて自費出版で出していた「FLAT HOUSE」(米軍ハウス等の平屋の魅力を詰め込んだ冊子)関連、そして後半は、古き懐かしき家具だったり鉛筆削りだったり、キーチェーンだったり、忘れ去られそうになっている車だったり……愛しい製品たちが新たな魅力を携えて堂々と胸を張って映し出されている。


アメリカの田舎町を旅すると、必ず出くわす巨大なスウィフストア(リサイクルショップ)。もう、向こうが見えないようなどでかい箱に、わっけのわからないモノがただただ永遠に並べられている。どう使うのかも店員すら分からない、でもなんだか「一度手にとって見てよ!」と叫んでいるようなモノが、僕らを呼び止める。あそこに入ると魔窟、と分かっていても思わず入ってしまう。

もちろん日曜日の昼には、各家庭の芝生の先で、子どもたちが両親に「捨てるか売るか、さぁどっち!」と云われて、手作りのレモネードと一緒に、ブリキのおもちゃを売るような、最高のフリーマーケット。そんな場所で手に入れた、ガラスなのかアクリルなのかも分からない小さな灰皿やファイアーキングのカップ、悪趣味なキーホルダーや、田舎町のレストランのオープン記念で配られた雑なデザインのTシャツは、永遠に手放すことができない代物。

そんな「社会的にはそんなに価値はないかもしれないけれど、個人にはグッとくる」代物を独自の目線と軽妙なタッチのイラストレーションで魅力を伝えているのがこの書籍。もちろん、ヴィンテージ感やエンスー感も満載なのだけれど、視点が「個人の価値観」というところに一番グッとくる。

hand saw press Kyotoの編集室(笑)。あえて波ガラスが入った廃材の窓を用いて作った一品物。自慢。

廃材/古材を使ってリフォームする記事もいくつかある。この「古材を使ってリフォームする」というのは素敵だけれど、実はそんなに簡単なことじゃない。実は、ウチのスタジオ(某最高のチームによって素晴らしく仕上げてもらいましたー!)もまったく同様。古けりゃいいってもんじゃない。独自のアイディアと技術でなければ、そこにピタリと仕上げることができない。それ以上に、こんな古材や廃材、なかなか簡単に出会えるわけじゃない。たぶんこの先どこかに引っ越すとしてもこれはそのまま壁ごと持っていってやるぜの扉や棚。「偶然の出会い」でできあがった1点もの、なのだ。

そういう「モノ」への愛情がこの本にはびっしりと詰まっている。いや溢れてる。これはある種の考現学でもあるし、パーソナルな愉しみでもある。だからこそ、グッとくる。ホホホ座山下くんに聞いたら、かつて作っていた自主制作のシリーズもなかなか素晴らしかったとのこと。あぁ、まったく知らなかった。お恥ずかしい……。

どこの本屋でも手に入るのかな? もしなければ、こちらホホホ座さんの通販で是非。